自信家のススメ

自信家になるにはどうすればいいのだろう。

とはいえ自信がある人間、とりわけそれを誇示しようとする人間が批判される傾向にある。

「あいつはナルシストだ」「自己中」「どんだけ自分のこと好きなんだよ」と。

たしかに周囲の人間をかえりみずに振る舞う人間には良い印象を抱かない。むやみに敵をつくるのもナンセンスだろう。しかし、ナルシストや自己中と『自信家』は違う。

『自信家』とは静かなる猛虎、爪を隠す鷹とでも言おうか。実際に力があるかどうかはさておき、僕がこれから推していきたい『自信家』という生き方は決して周囲を不快にさせるようなものではなく、かつ周囲を気にしない人間であることをまずは明言しておこう。

さて、承認欲求を満たすためにネットにつかり、他人の批判ばかりする人間に溢れかえっている今(まぁ僕もそんなものだが)、自信を保ち承認欲求のオートポイエティック・システムを構築する方法を考えていきたい。

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自信家、つまりは自分に自信がある人。そうなるためにはどうするか。一番は誰にも負けないものを持つことだろうか。否、そんなの無理だ。そもそも、そんなものがあったら、最初から自信がなくて困ったりしないだろう。

まずは、根拠がなくとも自信を持つことが大事だ。

例えば勉強。

「あぁ、また平均点こえれんかった」「最悪だ小テスト落ちた」「嘘だろオイ、追試かよチクショウ」

ネガティブになるのは実に簡単だ。けれどネガティブになることは何も生まない。少しネットや本で調べたらわかるけれど、ネガティブになることが身体にもたらす影響は小さくない。

「おれは天才だから次はいける」

そういう精神が大事なのではないのだろうか。

「えっ、でも本当にできるやつなんか周りにいくらでもいるのだが」「アイツと比べたら俺なんか……」と思う人もいるだろう。その気持ちはわかる。非常にわかる。

しかし僕はあえて「ばかか」と言いたい。「まだそんなことを言っているのか。死ぬまで自分を下卑し続けるつもりか」、と。

上をみたら何があるのか。果てしない向こうを歩く人間なんてたくさんいる。もはや背中も見えない人間もいる。人と比べて、自分が劣っているなどとのたまうのはある種傲慢だ。貴様はアインシュタインノイマンにでもなったつもりか。

けれど、アインシュタインほどすごい人間でなくとも、その唯一性は絶対的だ。自分は天才だ、と自信を持っても良いのだ。

なぜなら人の個性はスキルや容姿ではなく性格や特徴で決まるからだ。何が好きか嫌いか、何に感動し涙を流すか、何を怖がるか。もっと、人が意識すらしないような当たり前に昔から持っているその感性こそが自分自身であるのだ。

それは、他人でははかることのできない個性、自分しか知らない個性だろう。人はよほど仲良くなければ表面的なものしか見ない。それを見て自信をなくすこともあるだろうが、はっきり言って無駄だ。

これが僕だ、と知っているのは僕しかいないのだ。それは相手も同じ。

自分の顔、腕、記憶……そのようなものが仮になくなっても僕は僕だが、性格や感性が変わってしまえば僕ではないということ。

自分に自信を持つことは、つまりその性格や特徴、感性に自信を持つこと。それ以外はいわば自己のおまけ。

さて、自信家になるという意味は伝わっただろうか。

最近の若者という言葉が反吐が出るほど嫌いだけど、最近の若者は容姿に拘泥しすぎているように思う。服装が本当のアイデンティティになるとはとても思えなし、顔がアイデンティティになるとも思えない。ブスに産まれたとしたら、それは運が悪かっただけで、それを一生涯負担に思うのもしんどい。

だから、自分の本当のアイデンティティを誇って「僕は天才だ」と心の中で唱えることは、想像以上に大切なことだと思う。