What is our personal responsibility?

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      We live in a society, mass of people. In our sight, there are necessarily other people, our family, friends and acquaintances, so there are many things we have got to keep in mind.

      The personal responsibility is one of that. 

     I will give an example. Mizuki is a high school student and he attends KITAKO. He have regretted entering the school and complained to his mother. "I didn't know I could obtain nothing in my school. I should have gone a technical high school." "But it was your decision." His mother said. "No! My teacher recommended KITAKO to me." "Don't blame others. It's your personal responsibility"

     His mother is absolutely right. However I cannot accept her assertion. 

     Society always demands our decisions but our decisions are personal responsibility. This fact suggests that society is an illusion and a person consist of a person. We cannot count on others even if they are our families, friends or teachers. The form of society that people can depend other people and the eternal truth that a person is solitary are definitely contradictory to each other. Therefore I feel that a personal responsibility is unreasonable.

 

 

自閉症の兄弟という地獄

中学生の頃に読んだNewtonの内容をいまだに覚えている。自閉症ついて書かれていた。

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自閉症の原因については未だに解明されていないが、その一つとして考えられているのが『遺伝』。他にも様々な原因の候補がそのNewtonの中でもあげられていたが、僕はその『遺伝』の文字が真っ先に目に入った。

中学生ながらに思った。

「俺の遺伝子には欠陥があるのかもな」

最近になって、またいろいろと調べた。中学生の頃よりも情報は増えた。そして、様々な記事や事例から確信が生まれた。

自閉症は遺伝する可能性が高い、という事実である。

「あーあ、俺の人生終わったな」って、僕は思った。

僕には自閉症の兄がいる。僕の立場を明確にしておくと、僕は兄が大嫌いだし、クズだと思ってる。さらに言えば、障害者(あえて障がい者とは表記しない。その風潮がムカつくから)はすべからく嫌いである。24時間テレビをみていると吐き気がするし、親のことも恨んでいる。

なにより、僕自身の運の無さを恨んでいる。

僕は今高校3年生であるが、憂うべきは遺伝子だけではない。

この先、両親がいなくなってしまうと、幼稚園児並みの脳ミソの成人男性を僕が面倒見なければならない。兄は現在、作業所で働いている(笑)が、十分な給料であるはずもない。

お先真っ暗である。

さきほど遺伝子について述べたが、可能性という観点でいえばもちろん健常者の子供が生まれる可能性の方が高いだろう。

でも、万が一、障害者の子供が生まれたら?

僕は相手の女性に謝罪するだろう。手を床について、これまでの時間(たしか、自閉症は産まれてから3年以内になんらかの症状がでる)に対する賠償金を払い、離婚届をだすだろう。もちろん、相手方の御両親にも謝らなければならい。

なぜか。僕は自閉症、障害者の親の苦労を知っているからだ。はっきりいって、狂う。鬱病とかあたりまえ。そんな苦労を他人に押し付けられるはずがない。僕の母のような人になってほしいと思うはずがないし、僕は僕の父のようになりたくはない。

僕の親はその苦労を知らなかったから、子供を産んだ。元気で健康な子供ができることを願って。それを信じて。

じゃあ、僕は? どうすりゃいいんだよ。

今までずっと、健常者の家族が羨ましかった。そういう家族をつくりたいと思ったことも、確かにある。

「兄弟いるの?」って聞かれた時の苦痛(よく聞かれるし、そのたびにちょっと泣きそうになる)。

僕の兄が障害者であることを知っているやつから「おい障害者」とからかわれた時の苦痛。小学生の頃だったし、もう気にしてないけど。

ただ、これまでの約18年間で気づいたことは、障害者の、自閉症の弟であることがもたらした災いは、想像以上に重く、僕はかなりの変人になってしまったということ。

ほんと、健常者の家族が羨ましい。健常者の家族に生まれたかった。

 

 

詩って意味わからん

と思いつつつくってみる。

 

『浮浮(ふふ)』

絶対的な視点が打ち砕かれ

どうとも なぜとも教えられず

右往左往してきた己の小ささに

ふと気付かされる

 

向こうから来た人が

謗り 讒言をこぼす

それでも奔走するが

この玉石混交の野放図

 

相対的にと人は言う

なにを馬鹿な 上滑りの焦点で

偉そうに これが社会かと

横柄に嘆く 怒る

 

しかしそれも いつしか

馬鹿馬鹿しくなる

I want to be totally shameless

     My ideal personality is confidence. Even if I well be said that I am overconfident, I don't want to be lost my confidence.

     I have been had steady progress to be. My mind has become stronger step by step. However the side effect surpassed my expectations. The more confident I became, the more careless I was about other people.

     Confidence made me pay too close attention to myself. 

     I suddenly noticed I caused my friends a lot of troubled because I was too selfish. Nevertheless, I would like to persist in my beliefs. I don't want to pay attention to my surroundings, so I want to be totally shameless.

     ……I'm very sleepy, so I'll finish writing.    

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How to keep yor mind from depression

     These days, I am troubled about a stomachache. I have a sharp stomachache under a specific condition which is my feeling depressed. Thinking about my mistakes, relationships, the future, and so forth, my mind goes blank and I make a deep sigh. I gradually begin to make me sick and then something unusual happens to me.

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     This problem was so serious that I looked for a solution and I found the way to keep my mind from depression.

  1. Clear my mind
  2. Watching animation

     Number 1 is especially important. ......I'm talking seriously. 

     When I am in school, my condition is wrong, because I don't like my school. Especially, I don't get along with my classmates. So, clearing my mind is important. When I pay no attention to my surroundings, I don't feel depressed.

     Number 2 is how to distract myself. I like animation. It is the best way for me to feel good.

     Depression is rather danger because it is likely to cause bad conditions. I think that you should watch out your body's danger signal. 

I can't enjoy communicating

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     Today, I played mahjong with old friends of mine. I meet old friends about once a month to play mahjong or play sports. 

     I think that they have good parsonality. I know we have equal, close relations. But I can't enjoy communicating with them. I can't truly laugh. No matter how hard I try, I can't help thinking that I am wasting my own time.

     I am sure that the problem is myself. I have a introverted parsonality. In addition, I am selfish. So, I can't bear bargaining with my friends. When I talk with my friends, I feel just like I were demanded my becoming a enjoyable man. I am not imagining things, because I also demand it of them. And to make matters worse, I unintentionally use abusive language. When ever I do, I regret my mistake. 

     I am so troubled that I think I will not be able to enjoy communicating with anyone. 

     [Doubles as training my English writing]

自信家のススメ

自信家になるにはどうすればいいのだろう。

とはいえ自信がある人間、とりわけそれを誇示しようとする人間が批判される傾向にある。

「あいつはナルシストだ」「自己中」「どんだけ自分のこと好きなんだよ」と。

たしかに周囲の人間をかえりみずに振る舞う人間には良い印象を抱かない。むやみに敵をつくるのもナンセンスだろう。しかし、ナルシストや自己中と『自信家』は違う。

『自信家』とは静かなる猛虎、爪を隠す鷹とでも言おうか。実際に力があるかどうかはさておき、僕がこれから推していきたい『自信家』という生き方は決して周囲を不快にさせるようなものではなく、かつ周囲を気にしない人間であることをまずは明言しておこう。

さて、承認欲求を満たすためにネットにつかり、他人の批判ばかりする人間に溢れかえっている今(まぁ僕もそんなものだが)、自信を保ち承認欲求のオートポイエティック・システムを構築する方法を考えていきたい。

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自信家、つまりは自分に自信がある人。そうなるためにはどうするか。一番は誰にも負けないものを持つことだろうか。否、そんなの無理だ。そもそも、そんなものがあったら、最初から自信がなくて困ったりしないだろう。

まずは、根拠がなくとも自信を持つことが大事だ。

例えば勉強。

「あぁ、また平均点こえれんかった」「最悪だ小テスト落ちた」「嘘だろオイ、追試かよチクショウ」

ネガティブになるのは実に簡単だ。けれどネガティブになることは何も生まない。少しネットや本で調べたらわかるけれど、ネガティブになることが身体にもたらす影響は小さくない。

「おれは天才だから次はいける」

そういう精神が大事なのではないのだろうか。

「えっ、でも本当にできるやつなんか周りにいくらでもいるのだが」「アイツと比べたら俺なんか……」と思う人もいるだろう。その気持ちはわかる。非常にわかる。

しかし僕はあえて「ばかか」と言いたい。「まだそんなことを言っているのか。死ぬまで自分を下卑し続けるつもりか」、と。

上をみたら何があるのか。果てしない向こうを歩く人間なんてたくさんいる。もはや背中も見えない人間もいる。人と比べて、自分が劣っているなどとのたまうのはある種傲慢だ。貴様はアインシュタインノイマンにでもなったつもりか。

けれど、アインシュタインほどすごい人間でなくとも、その唯一性は絶対的だ。自分は天才だ、と自信を持っても良いのだ。

なぜなら人の個性はスキルや容姿ではなく性格や特徴で決まるからだ。何が好きか嫌いか、何に感動し涙を流すか、何を怖がるか。もっと、人が意識すらしないような当たり前に昔から持っているその感性こそが自分自身であるのだ。

それは、他人でははかることのできない個性、自分しか知らない個性だろう。人はよほど仲良くなければ表面的なものしか見ない。それを見て自信をなくすこともあるだろうが、はっきり言って無駄だ。

これが僕だ、と知っているのは僕しかいないのだ。それは相手も同じ。

自分の顔、腕、記憶……そのようなものが仮になくなっても僕は僕だが、性格や感性が変わってしまえば僕ではないということ。

自分に自信を持つことは、つまりその性格や特徴、感性に自信を持つこと。それ以外はいわば自己のおまけ。

さて、自信家になるという意味は伝わっただろうか。

最近の若者という言葉が反吐が出るほど嫌いだけど、最近の若者は容姿に拘泥しすぎているように思う。服装が本当のアイデンティティになるとはとても思えなし、顔がアイデンティティになるとも思えない。ブスに産まれたとしたら、それは運が悪かっただけで、それを一生涯負担に思うのもしんどい。

だから、自分の本当のアイデンティティを誇って「僕は天才だ」と心の中で唱えることは、想像以上に大切なことだと思う。